2007/7/31 火曜日

はじめての都市計画審議会、公害防止対策の質疑を予定していないことにビックリ ~廃棄物処理施設の審査では、環境局職員の出席が不可欠

カテゴリー: 活動日記

国会での数々の強行採択、そして参院選での「惨敗」の理由を自分勝手に都合よく解釈し、「継投」表明で民意を無視し続ける安倍首相は、正真正銘のファシストではないかと思う。「反省すべきは反省」というが、記者会見を聞いても何を反省しているのかさっぱりわからない。日本が民主主義社会というなら、退陣とともに衆議院解散で信を問うべきだろう。

 さて、 30日午後、第156回千葉県都市計画審議会に出席した。 私にとってはじめての審議会出席である。
 議案は、廃プラスチック破砕施設(富津市)と重油から廃油に燃料変更する産廃焼却施設(市原市五井)の2件である。両者とも湾岸の工業地帯での計画である。
廃棄物処理施設などは本来、決められた場所にしか設置できないが、都市計画審議会を経て許可された場合はそれ以外の場所でも設置できる。(建築基準法第51条)
 今回はそのための審議である。

 そもそも都市計画は、「農林漁業との健全な調和を図りつつ、健康で文化的な都市生活及び機能的な都市活動を確保すべきこと並びにこのためには適正な制限のもとに土地の合理的な利用が図られるべきこと」を基本理念としている。(都市計画法第2条) したがって、公害対策の内容、妥当性については都市計画審議会でも当然審議されるべきである。
 しかし、事務局として出席した県の職員はすべて県土整備部所属で、環境局の職員は見当たらない。議案説明でも公害対策、環境保全については廃棄物処理法第15条許可時の審査の段階で行うとして、詳細な説明は省略された。

 出席した22名の委員のうち、今回発言したのは、議事進行役の高橋氏を除くと、学識経験者2名(内山氏、良成氏)、県議会議員2名(私と三輪氏)、市町村の長を代表する者1名(豊田氏)だった。
 私は、担当者より事前説明を受け環境対策を中心に数回ヒアリングし、前日数時間程準備勉強して審議会に臨んだ。

 私が審議会の場で主に、以下の点を指摘した。
① 都市計画の要素には環境も含まれることから(実際、環境・衛生分野の学識経験者も委員の一人)、公害防止・環境保全面からの審査も行うとともに、それに対応できる環境局職員の出席は不可欠であること。
② 長期間、微量の有害物質に暴露された場合の健康被害の発生をみても、既存の環境法令の遵守=必要十分条件ではない。
③ 審査基準として「近接しない」「影響を及ぼさない」「付近に○○がない」「過度の影響を及ぼさない」などの漠然とした表現がみられるが、こうしたあいまいさを排除した審査基準の明確化、見直しが必要ではないか。

 これらについては、今後しっかりフォローしていきたい。

2007/7/29 日曜日

第1回まちづくり・県政相談開催  米で遺伝子治療の患者死亡で臨床試験中止

カテゴリー: 活動日記

 昨日(28日)午前、初のまちづくり・県政相談を土気事務所で開催し、5名の方に來所いただいた。小中高の学校の二期(前期・後期)制が及ぼしている様々な問題、2兆4千億円の借金を抱える県財政の健全度、福祉施設で働く若者の「ワーキングプア」状態、土気高校グランド削減問題など様々な課題や要望が提供された。次回は8月11日開催する。

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●六ヶ所村再処理工場の安全管理の杜撰さは、『柏崎刈羽原発地震』で明らかにされた!

今朝(29日)の毎日新聞朝刊では、中越沖地震の震源の深さについて気象庁が当初発表した震源の深さ17㌔より浅い10㌔前後とみられ、刈羽原発も、当初の推定より震源に近かった可能性が高いこと、また、秋田の上小阿仁村の村長が、検討していた放射性廃棄物最終処分場の誘致断念を表明したこと、を報じている。
昨日午後は、船橋中央公民館で開かれた講演会~六ヶ所核燃再処理工場を考える「食の放射能汚染とどう向き合うのか」で、広瀬隆さん、田村剛一さん(三陸の現地で原発反対運動をしている方)の話を聴く。

広瀬さんの話を一部紹介する。
・「今回の新潟県中越『沖』地震は『柏崎刈羽原発地震』と呼ぶべきであり、敷地内に及ぶ長さ20~30kmの活断層が起したと考えられる。断層の長さと地震の規模とは比例関係にある。原子力プラントの近くに10km以上の活断層があれば御用(エセ)学者を起用してこれを10km未満にこまかく切り、その結果、原発は直下型地震でマグニチュード6.5に耐えられるよう設計される。刈羽原発も東電が国に提出した原発の設置許可申請書で、断層の長さを最大8km、最近は活動していないと評価として作為的な判定を下した。」
・「六ケ所村の日本原燃社長の兒島伊佐美は04年まで東電取締役として柏崎刈羽原発の担当責任者であり、事故で頭を下げている東電社長の勝俣恒久は日本原燃取締役会長である。柏崎原発の安全管理の杜撰さは六ヶ所村のそれに直接結びつく。」

年内に本格稼動すると言われている再処理工場は、再処理の過程で生じるプルトニウムなどの放射能を含む廃液を沖合い3km、水深44㍍の放水口から大量に排水している。日本原燃は「廃液は大量の海水で希釈される」などと安全を強調しているが、約1万枚のハガキを海に流した海流調査の結果でも、銚子沖などの千葉県沿岸海域の汚染も心配される。三陸沿岸域と同じく、千葉県水産業も相当な打撃を受け、生命の安全、食の安全が脅かされることになる。放射能汚染から海を守る取組が求められる。

● 遺伝子治療は「人体実験」~米で遺伝子治療の患者、投薬後死亡

7月19日のブログで「遺伝子技術のいかがわしさ」について紹介した。そこで、自治医科大学でもパーキンソン病の遺伝子治療が行なわれており、「遺伝子治療」の実態はベクターの安全性を調べるための「人体実験」に等しいことを記した。
ところで、昨日28日の毎日新聞朝刊で、「投薬後患者死亡 臨床試験を中止 米・遺伝子治療」との見出しで、自治医科大学でも使用しているアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを使った治験薬の投与後、米国で患者が死亡したことから、米食品医薬品局(FDA)が26日、この薬を使った臨床試験を中止させたことを報じている。
FDAによると、炎症の進行を防ぐことに関連する遺伝子を導入したベクターを、関節炎患者の関節に2度目に投与した後、重い副作用が起きて患者が死亡したという。日本国内での遺伝子治療は直ちに中止すべきではないか。

2007/7/27 金曜日

やっぱり、「昭和の森と一体的整備」という名の環境破壊  ~第22回土気東環境連絡協議会より~

カテゴリー: 活動日記

昨日26日、22回目の土気東環境連絡協議会が1年ぶりに開かれた。この協議会は、97年当時、日本自然保護協会の沼田眞会長が「典型的な自然破壊」と評した土気東区画整理事業(千葉市緑区、約85㌶、事業費約217億円、内補助金53億円、業務代行・東急不動産、設立準備委員会時の会長は花沢三郎氏、整理組合理事長は花沢和彦氏)について、「環境影響評価書」内容と実際の工事の進捗に伴う環境影響を照合するために事業者から必要な情報提供を受け意見交換を行う場として市民の発案で98年に設置されたものである。
協議会の構成は、地域の町内自治会などでつくる土気環境安全協議会、千葉県自然観察指導員協議会、土気東土地区画整理組合、千葉市の4者である。私は土気環境安全協議会の一員として参加した。

● 10年前、調整池をつくる口実は、「水辺空間の創出と自然環境への配慮」だった

 千葉市緑区の都市公園「昭和の森」(約101㌶)の隣接地に計画されたこの民間の宅地開発事業に伴う雨水調整池が、「昭和の森」のカタクリやイチリンソウなど貴重な動植物が自生、生息する場所にはみだしてつくられることなどが明らかになり、多くの専門家、市民が計画の再検討を求めた。
 そもそも民間事業の調整池が市の公園敷地内につくられること自体おかしい。当時、有力者の介在が噂された。

 事業者側は「自然地形を生かし、昭和の森と一体的に整備すれば、斜面樹林を含む谷地を保全して水辺空間を創出できる」「自然環境に配慮した結果の計画」「可能な限り、現存する生物種の生息、生育、周辺域への移動に配慮」と主張。(97年8月26日「朝日新聞」)
 それに対して、中村俊彦・県立中央博生態学研究科長(当時、現副館長)は調整池について「県立中央博物館の野外観察地である生態園にも舟田池という調整池があります。私は十年以上各地の調整池と自然保護の問題を調査してきました。森をなくせば、必ず付近の水は枯れ、生き物は死んでしまいます。また、開発地の調整池が公園内に入れば、公園は開発地からの雨水排水を受けることになり、影響を受けるのは必至です。生態園の場合は、泥水や汚水、ゴミ類が流れてきて困っています」と話している。(97年8月30日「朝日新聞」)

● やっぱりこれは環境破壊だ

 しかし、こうした声を無視し、事業は始められた。
 原案通り事業を認めた千葉市の都市計画審議会では、「調整池を公園内にまたがる形でつくることで、自然を残しながら、公園と一体的に利用できる」などの判断が優先されたという。(97年6月28日「朝日新聞」

 さて、昨日は、事業者側より昭和の森にまたがる調整池計画の素案がようやく示された。
 素案では、斜面樹林・残置森林は現況の荒れた状態のまま市に渡すとし、一時計画していたせせらぎもとりやめ、ごく当たり前の「水溜り」と管理用道路などが配置されているだけである。今になって、大雨時に調整池に近づくことの危険性を盛んに指摘するのも奇異に感じる。「水辺空間の創出」を言っていたのはどこの誰だ。事業費を抑えたい気持だけが確実に伝わってくる。
市民の財産である「豊かな動植物の宝庫」を民間開発事業のための「ゴミや化学物質を含む雨水排水貯水場」に変える計画に他ならない。10年まえに専門家や私たち市民が指摘した通り「昭和の森との一体的整備」による環境破壊そのものである。
「専門家」「学者」による都市計画審議会での審議や環境影響評価制度は結局「アリバイづくり」でしかなかった。

*当初の事業費約285億円、補助金(税金)は事業費の1割程度と言われたが、現状は217億円に圧縮される一方、なぜか補助金は約25%を占める。それでも土気高校グランド削減問題にみられるように再減歩が余儀なくされている。

2007/7/25 水曜日

景観条例はまち壊しに対抗できるか~県景観条例検討委員会を傍聴して

カテゴリー: 活動日記

● 原子力保安院は何をやってきたのか?

中越沖地震による東京電力柏崎刈羽原発6号機のお粗末な耐震性がまたまた明らかになった。今朝の毎日新聞は一面トップで、原子炉圧力容器のふたの開閉に使用する原子炉の真上にある天井クレーン(重さ約310㌧、幅約35㍍)の鋼鉄製継ぎ手(太さ約5㌢)2個が破断していたことを報じている。国の耐震指針では、クレーンの耐震上の重要度を4段階のうち下から2番目の「Bクラス」とし、建築基準法の定める地震力の1.8倍で破断などがおきないことを要求していたという。

保安院は「クレーン本体が落下したわけではなく、原発の基本的な安全性は保たれていると考える」と話しているというが、「使用済み核燃料プールに重いものが落下すれば、燃料を収めたラックが破損して、臨界事故になる可能性もある」(京大原子炉研究所・小出裕章氏)。東電は各号機の最下階の測定データは公表しているが、クレーンのある4階の揺れの詳細なデータは公開していないという。(同新聞)
建築基準法で定める地震力のわずか1.8倍の耐震性しか求めていないというのも驚きだが、そもそも圧力容器ふたを開閉するなどクレーン使用中の耐震性を想定しているかどうか疑わしい。

95年ごろ、都内で開かれたあるセミナーで高木仁三郎さんは、原子力をめぐる安全性についていくつかの課題を指摘した。プルトニウムの安全な処理について人類の英知を結集すべきこと、そして中国の経済成長が進み原発が建設されたとき、日本国内の原発の安全管理より劣る中国原発での事故が心配される、などだった。高木さんも想像もしなかった日本の原発管理の杜撰さが昨年から次々と明らかにされているということだろう。
原子力保安院の抜本的見直しが求められる。

●委員のイニシアチブが期待される景観条例検討委員会

昨日(24日)は、県の教育委員会会議の定例会と「千葉県の景観に関する条例検討委員会」(第6回)を傍聴する。
教育委員会会議では、開催時刻などが前日になってようやくホームページに掲載された。担当者に訊くと2日前までに掲載することになっているとのことだが、傍聴を希望する県民に配慮するなら1週間前とすべきであろう。会議内容は報告3件、議案3件で、議案の1件は県立高校統合に伴う統合後の校名についてで、あとの2件は非公開で学校職員の懲戒処分についてであった。

 景観条例の検討委員会は昨年からはじまり、次回(9月3日)で条例要綱原案をまとめパブリックコメント手続きを経て来年2月県議会に基本条例案を提出する予定とのことである。各委員からの質疑、意見に対する県の対応はシドロモドロという面が見受けられた。そうであれば委員長を中心に委員側がイニシアチブを発揮すべきであろう。最後に北原理雄委員長(千葉大学教授)から傍聴者に感想を求められたので私は以下のことを述べた。

・地方分権で県、市町村の対等性が言われる中、県がなぜ景観条例の策定を急ぐのか。
・景観をめぐる問題、課題について記述が抽象的すぎる。街中の斜面緑地の保全、高層マンション問題などの直面している課題の解決につながる制度となることを期待している。
・「景観づくり地域協定」などと建築協定、地区計画、都市計画マスタープランとの関係・相違点をわかりやすく県民に説明してもらいたい。
・「他法令や諸施策との連携」として、環境アセス制度の評価項目にある「景観」との整合性、総合設計制度の妥当性なども検討してもらいたい。

 具体的な規制を伴った「広域景観計画の施行等に関する条例」は基本条例策定後(2008年度以降)ということで、まち壊しに対抗できる制度になるよう今後注視していきたい。

2007/7/23 月曜日

水俣が問う生き方、人間の尊厳~水俣フォーラム主催水俣セミナーを聴いて

カテゴリー: 活動日記

 20日夜、都内の市ヶ谷で行なわれた水俣セミナー「はじめて出会う水俣病~どう学ぶか、どう生きるか」(主催:水俣フォーラム)を聴く。
 私が水俣に関心を持つきっかけは、千葉県土地開発公社が造成・分譲した土気緑の森工業団地(千葉市緑区)に1994年に研究所を開設した昭和電工が「第2の水俣病」と言われる新潟水俣病の加害企業だったことによる。
 この研究所の開設をめぐる地域住民の取組、私の考えなどについては、「安全性を真に保障する社会システムの構築に向けて~昭和電工バイオ研究所問題を通じて」、本の紹介「聞き書き・新潟水俣病~いっち、うんめぇ、水らった」、「昭和電工と住民との間でバイオ施設の環境安全協定を締結」を参照いただきたい。

 さて、新宿区NPO活動資金助成事業と印字されたチラシにはセミナーの開催趣旨として、「社会科の授業として誰もが習った水俣病。人間が工業生産のために環境を破壊し、海とともに生きる人々や生きものの命を奪い傷つけた『公害の原点』と言われた事件です。その水俣病は昨年、公式に確認されてから50年めを迎えましたが、問題が解決したとはまったく言えない状態がつづいています。水俣病は悲惨で悲しい出来事としてだけ考えられがちです。しかし水俣病を生きる患者さんの姿や言葉は、この社会を考えるヒントや励ましにあふれています。」とある。
 
 プログラムは、私にとっては自由民権運動史のほうが身近な色川大吉さんと原告団長だった父親の意思を受け継いで04年に水俣病に対する国・熊本県の損害賠償責任を最高裁判決で確定させた「関西訴訟」原告の小笹恵さんのお話とお二人の対談である。色川さんは1976年に始めた不知火海総合学術調査団の10年間の活動の話をされた。原田正純さんから指摘されたという水俣病の解決を遅らせた要因の一つの「地域の差別構造」、その構造の底辺に被害者の漁民(人口の0.9%)がいたこと、つい最近まで水俣病被害者、支援者を排除・無視し続けた水俣市行政のことなどの話をされた。私より一歳下の小笹さんの水俣病による健康被害と貧しさとの闘いとのお話では、「人間の尊厳」「どう生きるのか」を改めて考えさせられた。対談で色川さんは「水俣の現実の厳しさ」を再三口にした。実際、水俣に関わった人の多くは、それまでの自らの生き方を問うた。末席ながら私もその一人だと思う。

2007/7/20 金曜日

「誤答指摘、再考促す」ことは千葉市の学校でも行われていた?! ~市民の力で学校現場にユネスコの「3つの国際常識」の実現を

カテゴリー: 活動日記

● 街中の希少な自然を守り拡大する仕組みを
  ~「まちづくりと生物多様性」
 昨夜(19日)は、「まちづくりと生物多様性」(NPO法人千葉まちづくりサポートセンターボーンセンター、ちば生物多様性県民会議の共同主催)に途中から参加する。街の中の希少な斜面緑地がマンション建設などでさらに少なくなり、千葉市内ではモノレール駅周囲1km範囲にある市街化調整区域内でも住宅建設が認められたことにより緑地が減少していること、都市計画法、建築基準法ではこれらの自然を残すことができない、既存の法令を変えたり、分権の時代だから独自の条例を制定すればどうかなどの意見が出された。
私は土気東地区開発、圏央道、千葉・市原丘陵開発などで行われた環境影響評価のお粗末さを踏まえて(「典型的な自然破壊はじまる~土気東区画整理事業」、「問題だらけの圏央道・東金茂原道路」、環境影響評価制度が有効な武器になるような仕組み(「アセス制度を有効な武器に」をつくる必要があることなどを意見として述べた。

●「誤答指摘、再考促す」ことは千葉市の学校でも行われていた?!
       
 中越沖地震の報道の陰であまり注目されていないが、東京都足立区が実施した06年度の学力テストで小中学校17校で小学生16人と中学生5人をテストの調査対象からはずしていたこと、区立小の1校で校長と5人の教員がクラスを見回り、誤答していた児童の問題箇所を指さし再考を促していた不正があったことが報じられている。(7月17日毎日新聞)
 足立区は各校順位をホームページで発表し学校ごとに予算を傾斜配分しているが、区教委は今後、順位の公表を見直す方針という。新聞ではある教諭の「学力テストは当初、指導資料にしてほしいと言われたが、始めてみるとランク付けされ、競争をあおる道具になっている」という話を紹介している。予算とのリンクや競争をあおる学力テストそのものを廃止すべきである。

 トップダウンによる管理体制の根本的見直しと当事者主権(現場教師、生徒、保護者)の確立、つまりユネスコで示されている教育の3つの国際常識、「子どもの自治能力の育成」(「国際教育指針」)、「学校自治の保障」(「平和・人権・民主主義教育に関する総合的行動要綱」)、「教育目標の計画策定から評価まで、関係者すべてが参加し多面的に見極めること」(「教師の役割と地位に関する勧告」)こそ求められる。
 
 ところで、19日午後、土気地域の人たちとの雑談で、テスト時、教員が「誤答指摘、再考促す」ことは約10年前には千葉市でも行われていたとの指摘があった。
 また別の機会では、小学校低学年の授業で理解の遅い子どもに対し、教員がただ「なぜわからないんだ」と詰問するため、子どもは「学校ではわからないと言ってはいけない」と思うようになったとのこと。さらに県下の中学校の現場で教員への暴力が頻発しているという話も聞く。

2007/7/19 木曜日

遺伝子技術のいかがわしさ  ~DNA問題研究会「斜陽産業『遺伝子治療』はどこへ行く」報告を聴いて

カテゴリー: 活動日記

18日夜、都内で開かれたDNA問題研究会(D問研)の定例会に参加した。テーマは「斜陽産業『遺伝子治療』はどこに行く」である。
全部で5名ほどのこじんまりとした勉強会だったので久しぶりに天笠啓祐さんともゆっくり話が出来た。D問研とバイオハザード予防市民センターが共催で今秋にでもシンポジウムを開こうということになった。
さて報告者はD問研会員でジャーナリストの西村浩一さんである。案内状には、 
「かつて、遺伝子技術はがんやエイズも治す“奇跡の治療法”などと喧伝された時代がありました。しかし、今では再生医療やオーダーメイド医療に主役の座を奪われ、その話題がマスコミにのぼることもほとんどありません。奇跡の治療法の現状はどうなっているのか、そして今後の行方を考えます。」となっていた。

私の感想も含めて報告及び意見交換内容をまとめると、日本では1994年に北海道大学ではじめて遺伝子治療の申請が行なわれて以来、今まで審議中のものも含めて23件あるが、
①どれも大学で実験的に行なわれているに過ぎない。
(なぜか「がんセンター」では一件もない)
②ベクターとしてレトロウイルスが使われなくなり、アデノウイルスが主役となっている。(アデノウイルスの安全性は?)
③当初は対象疾患が癌、エイズとなっていたが、エイズはなくなり、「その他の生命を脅かす疾患又は身体の機能を著しく損なう疾患」に対象を広げているが、治癒の度合いは不明である。遺伝子治療の「有効性」を言わなくなった。
④ベクターの開発はアメリカが中心となっており、今年申請された自治医科大学の「進行期パーキンソン病遺伝子治療の臨床研究」や北里大学の「前立腺がん遺伝子治療の臨床研究」は米企業や米大学の特許を使用し、これらの実施施設では投与して経過をみるだけである。
⑤遺伝子治療は実験段階であり、十数年実施しても効果がないのが実態である。
 上記の2例でも、「治療研究の概要」(厚労省HP)から読み取れることは、治療効果よりもベクターの副作用の有無を確認することが主目的となっている。
⑥患者の人体実験の場である。上記の北里大学の例では、「根治的前立腺摘除術」を行なった後に投与されており、そもそも実施する意味が問われる。米国企業や大学が特許を持つベクターの安全性を確認するための日本人患者が提供されている。
(治療を受けた患者の「封じ込め」はどのようになっているのか?)

ここにも米国に頭が上がらず、基礎研究を軽視し、目の前の成果を追い求める日本の現実を見る思いがする。そもそも総合的な発症メカニズムに目をやらず、遺伝子レベルに矮小化することの妥当性が疑われる。「機械的な遺伝子論」をベースとした研究にどれほどの税金が浪費されてきたのか。かずさDNA研究所で行なわれている研究内容についてもこの観点から問い直してみたいと思う。

2007/7/18 水曜日

中越沖地震でトラブル50件、東電柏崎刈羽原発のお粗末な耐震性 ~放射性物質を扱う官庁施設より低い?原発の耐震基準

カテゴリー: 活動日記

 16日午前10時過ぎの中越沖地震では、東電柏崎刈羽原発の変圧器の火災、水漏れのほか、排気筒フィルターから微量の放射能検出、低レベル放射性廃棄物入りドラム缶の転倒、消火用配管の損傷など、原子炉7基で計50件に達するトラブルが報道(共同通信)されている。

 地震時においては、停電、火災、機器損傷、システム停止の発生する確立が高いことは兵庫県南部地震による阪神淡路大震災でも自明のことである。にも関わらず、国の安全審査では原発の地震による火災のリスク評価が行なわれていなかった。火災発生時には自衛消防隊を結成して対応すべきところが、原子炉の点検作業に追われて結成できず、119番も話し中で消防署と連絡がとれるまでに12分もかかり、刈羽村への通報は連絡用ファックスが壊れたため火災発見から1時間以上遅れたという。原子炉の冷却に必要な通常電源が絶たれ、非常用発電機が稼動しない場合、大事故が起きてもおかしくない。そのお粗末さに驚く。

●「官庁施設の総合耐震計画基準」よりも劣る原発の耐震基準
 
 一方、揺れは同原発で最大で680ガルで耐震設計上想定した揺れを約2.5倍上回ったという。柏崎市内では1010ガルを観測した。04年の中越地震では本震では約1700ガルを、95年の兵庫県南部地震では最大で891ガルを記録している。
 一般の建築物の耐震基準では、中小規模の地震(80~100ガル)に対しては継続利用に障害となるいかなる損傷もおこさないこと、大地震(300~400ガル)には人命の安全確保のため倒壊による圧死者をださないことを目標としている。

 兵庫県南部地震後、96年に当時の建設省は「官公庁施設の建設等に関する法律」に基づく「官庁施設の総合耐震計画基準」を制定した。これは、兵庫県南部地震で「官公庁施設も多くの被害を受け、災害対策活動のみならず、行政サービスの提供にも重大な支障を生じた。構造体に大きな被害がない場合でも、通信設備や電源設備の被害によって迅速な災害情報の収集、伝達に支障を来たし、また、ライフラインの途絶により設備が機能せず、結果として、地震防災機能が発揮できなかった事例も数多くあった。」(建築審査会「官公庁施設の地震防災機能の在り方に関する答申」)と記される被災の教訓から、耐震基準を強化した。基準では、「放射性物質若しくは病原菌類を貯蔵又は使用する施設及びこれらに関する試験研究施設」については、構造体、非構造部材、建築設備で大地震動後も、危険物の管理の上で支障となるような損傷が発生しないことを目標にするとともに、ライフラインの長期にわたる途絶時の対応も求めている。

 今回の東電刈羽原発の様々な事故は、阪神淡路大震災の教訓から学んでいないこと、放射性物質を扱う官庁施設の耐震基準よりも原発の耐震基準が劣ることを明らかにした。
(参考)「耐震偽装問題とバイオ施設の耐震安全性」バイオハザード予防市民センター会報第39号「感染症法改正をめぐって」報告④、川本幸立)

2007/7/16 月曜日

今こそ、日米安保条約を廃棄し、米軍基地の撤去を考える時では?! ~今朝(16日)の毎日新聞参院選候補者へのアンケート結果から

カテゴリー: 活動日記

参議院選挙中であるが、マスコミでは「外交論戦なき選挙」と評している。
しかし、2006年5月の「日米軍事再編」の最終報告では、米国との一体化による「世界戦略への参画」と数兆円ともいわれる膨大な財政負担がうたわれ、このままでは国民にそれらが強要されることになる。

今年6月、米国はイラクに次いでアフガニスタンでの対テロ戦争の日本の支援拡大を求め、陸上自衛隊のヘリコプター派遣などを打診してきたと伝えられる。アフガニスタンへの派兵は、確実に自衛隊員が戦闘に参加し死傷者がでる確率が高いと指摘されている。千葉では、迎撃ミサイル=パトリオットミサイルⅢ(PAC3)が9月~11月の間に習志野駐屯地に配備される予定だという。射程わずか20km、1セット280~300億円と言われ、命中確率も不明、日本の主要なエリアをカバーするとなると何兆円にもなってしまうという。迎撃システムを持つと相手は当然それ以上のミサイルを持とうとする。限りない軍拡競争の道にはまりこんでしまう。よろこぶのは「死の商人」と利権にあずかる政治家・官僚たちだろう。今そうした連中が、集団的自衛権の行使と憲法九条改悪に向けた動きを主導している。

 今朝(16日)の毎日新聞の朝刊によれば、参院選の立候補者を対象に実施したアンケートで、自民党候補の32%(23人)が日本の核武装を容認し、自民党内で核武装論がタブーでなくなりつつあると報じている。また、現憲法下で集団的自衛権の行使が認められるとしたのが自民36.1%(26人)、民主19.5%(15人)という。 
一方、北朝鮮をめぐる6カ国協議での日本の外交能力の無さは目を覆うばかりである。外交や安保について私たち有権者はあまりにも無関心すぎるのではないか。

 1991年、フィリピンはフィリピン憲法に基づき、米軍への基地提供を根拠づける「友好協力安全保障条約」を不承認とし、92年末までに米軍基地はすべて撤去された。不承認とした上院議員たちは議会で、「フィリピン憲法は、その精神において、国の政策としての戦争を放棄し、独立した外交政策を追求し、自立した経済の発展を求めている。条約はこれらの憲法上の要請を事実上、否定している」(アガピト・アキノ議員)、「憲法をそんなに軽く扱うこと、条約に合わせるために憲法を粗末にすることは、絶え間ない政治的不安定という災いを招く」(オルランド・メルカド議員)などと演説した。(「武力なき平和」水島朝穂著、岩波書店、P.120-121)

 アジアの最大の緊張要因は米軍の存在である。地球温暖化、生物多様性などの地球環境問題の解決には「人権、平等、公平」とともに何よりも平和が不可欠である。日本もフィリピンに学び、日米安保条約を廃棄し、日本全土から米軍基地を撤去することを今こそ真剣に考える時期だと思う。今度の選挙ではそのための1票を投じたい。

 戦争と「非人間性」について昨日(15日)の毎日新聞のコラムを以下に紹介する。
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毎日新聞7月15日朝刊「発信箱」
「非人間性を問う」(専門編集委員 広岩近広)

 世界広しといえども大学に平和博物館があるのは、京都市北区の立命館大学国際平和ミュージアムだけだろう。過日訪れたとき、メッセージ性を持つ博物館だと思った。満州事変から日中戦争を経て太平洋戦争が終結するまでの、いわゆる15年戦争の展示には日本の被害と加害の歴史が刻まれている。
 私は2枚の写真に目を奪われた。ほろのないトラックの荷台に乗せられて中国大陸を日本軍と一緒に移動する慰安婦たち・・・・・。その素顔は、はかなげで痛ましい。もう1枚は軍隊慰安所で順番を待って並ぶ兵士を切り取っていた。ここにも人間の悲しさがある。
 2枚の写真を前にすると、昨今の「強制」論議など、私の中で吹っ飛ぶ。慰安婦を強制連行したか否かを論じる以前に、日本軍は慰安婦を伴って戦争をした。この事実はまぎれもない。どう考えても人権問題であり、女性の尊厳の問題だろう。こうしたことが公然と許されていたのが「国民精神総動員運動」の進められた15年戦争で、ここには戦争の本質が凝集されている。
 原爆投下を「しょうがない」と発言して辞任した久間章生前防衛相は、その講演会で当時の国際情勢などに言及し、こうも述べた。「(原爆投下も)選択肢としては、戦争になった場合はあり得るのかと」。防衛相は戦時下の残虐行為も「しょうがない」と考えているのではないか、と疑ったものだ。
 戦争には非人間的な考えがつきまとう。だから、この平和ミュージアムは、戦争のもつ非人間性を問い、過去と誠実に向き合おうと呼びかけている。

2007/7/15 日曜日

「ちば生物多様性県民会議」の課題を考える  ~危機・破壊の構造・責任を明らかにし、社会的弱者の権利を守ること

カテゴリー: 活動日記

 6月30日、大藪池谷津(千葉市緑区越智町)を舞台に、里山シンポジウムの分科会「里山と水循環」が開催され、午前中の現地観察会には堂本知事も来られたという。私は午後の千葉大園芸学部の唐先生の講演「水循環の観点から見た大藪池湧水の仕組みとその保全」を聴いた。この分科会が、「(仮称)生物多様性ちば県戦略」を策定するために設置された「ちば生物多様性県民会議」の戦略グループ会を兼ねていることを当日知った。昨日(14日)開いたプロジェクトとけの定例会議では、当日参加したメンバーから「戦略」の実効性を問う声が出された。「戦略」をつくることはあくまでも手段であり、環境を守ることが目的であろう。

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「千葉県では、その多様な自然に育まれた豊かな生物多様性を守り伝えるため、『(仮称)生物多様性ちば県戦略』を策定します」(第1回県民会議の案内チラシより)とあるが、本当に、千葉の自然を守ることに通じるのか気になるところである。

1992年のブラジルのリオで国連が開いた、21世紀に向けて貧困を解決するための環境と開発に関する国際会議で、「環境と開発に関するリオ宣言」「アジェンダ21」が採択され、94年に「気候変動条約」が93年には「生物多様性条約」が発効した。日本では「生物多様性国家戦略」(02年改正)が策定され、今回はこの千葉県版を策定しようということである。

リオの会議に出席した宮本憲一さんは、リオ会議の課題として以下のことを指摘している。
-「維持可能な発展」を達成する仕組み(市場制度万能のシステムの修正と多国籍企業の民主的規制)が明らかにされず、2つの条約は妥協の産物であった。このままでは発展途上国は欧米日に追いつき追いこすための近代化路線を走ることになるかもしれない。
-立脚すべき被害者の立場を忘れ、かつこの地球環境の危機をまねいている真の加害者である先進国政府や多国籍企業の責任を見逃してしまった。これはローマクラブのような「金持ち」の発想や中産階級を中心とした先進国NGOの限界を示したのではないか。
-リオ会議でとりあげられた地球環境問題の解決は急がねばならない。しかし、それ以上に私たちは、いま国内外でおこっている公害や自然破壊をくいとめることに全力をつくさねばならない。
(「環境政策の国際化」宮本憲一著・実教出版、1995年)
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翻って、「ちば生物多様性県民会議」をみたときに、同様の課題を感じる。
リオ会議では「人権、平等、公平」ということが繰り返し述べられたという。千葉では大量の土砂が運び出される一方で残土・産廃の持ち込み、大規模道路、拠点開発の進行と乏しい森林率、危機に瀕する干潟・・という状況がある。「生物多様性」の観点からそれらを考える意味はあるだろうが、それは入口に過ぎない。こうした破壊・危機を招く社会経済構造及びその責任を明らかにし社会的弱者、生物的弱者の権利を守ることこそ求められると思う。

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