監視カメラが似合う都市づくり 超高層マンション林立の「都市再生」~シンポジウム「都市再生下で生活空間の破壊を考える」を聴いて~
土気東地区の開発地域で、土地造成に先立った行なわれた文化財調査で「縄文早期の落し穴から、各時代の重要な遺構が広大な範囲で数多く検出されている」という連絡を受け、急遽26日朝、現場を訪問。森林や畑地に囲まれていた「昭和の森」が「素っ裸」状態にされてしまったことを改めて痛感する。
少子化、人口減社会に入ったのになぜか、都心部、駅前では「都市再生」の名のもとにコミュニティ・文化破壊の超高層マンションが林立する一方、郊外では大規模宅地開発が行なわれている。
土気東地区の遺跡発掘現場
●進むコミュニティの解体 都市再生法制定5年
ここ数年間でにわかに駅前に林立する超高層マンションが目立つようになった。交通の便は確かにいいが、超高層マンションの数多くの課題~防犯面、コミュニティ、子どもの成長、精神衛生面、災害時対応(停電、火事、地震など)、周辺への環境面、施設維持管理、居住環境など~は何一つ解決されてはいないと思う。
24日午後、都内で行われたシンポジウム「都市再生下で生活空間の破壊を考える」(主催・NPO法人区画整理・再開発対策全国連絡会議)を聴く。
東京都心部への一極集中を煽り、千葉を含む周辺都市及び郊外を切り捨てるものとして批判された「都市再生特別措置法」制定から5年が経過した。競争社会の「勝ち組」を育む都市づくりを目指す石原都政「10年後の東京~東京が変わる~」と景気対策(つまり金儲け)が目的の経済界がリード役だ。市街地再開発事業の行政処分の執行者が民間営利企業であり、東京都政は「地上げ」、規制緩和の地ならし役を演じている。その結果、周辺環境を無視した高容積、高階数の建築物が増加し、実質容積率1000%の超高層マンションが林立した。今回のシンポは地域住民の立場から5年間の「都市再生」を問うものである。
遠藤哲人さん(連絡会議事務局長)は、再開発事業の姿として「全体としてかつてのように公共性を高く掲げ商業活性化なる旗印を掲げるような感じではない。今までの開発との違いは、①超高層マンション事業中心、②民間活力導入と称した『民間丸投げ型』、③『時間管理』と称した企業の都合に合せたスケジュール管理、④地権者合意手続きはまったくなおざりで組合施行の場合でも3分の2同意条項をタテにとりぎりぎりで組合を立ち上げさせる『見切り発車』、あとは『強制執行権を背景にしたごり押し再開発』が実態、⑤地元の零細権利者である住民、借家人、借地人がそのまちに生き続けるための『生活再建措置』が無くなっている、ということ。いわば企業活動をいかにやりやすくする再開発かというところが前面」という。(シンポ配布資料より)
●日本は法治国家か?94歳の老人を追い出す「都市再生」現場
文京区茗荷谷駅前地区再開発の現場でまかり通る人権蹂躙の実態についてHさんが訴えた。
「94歳高齢反対者保護の目的から弁護士が文書でそのご老人宅の周りに防護塀を建てるよう申し入れた。
にもかかわらず権利転換に反対の94歳住民に環境防護塀の設置をせず(周辺の)建物の除去工事を進める一方、当お年寄りの貴重な収入源である借家人3名の内2名を引っ越しさせ先ず収入源を断つ。
乱暴にも目の前で既に立退いた家屋の取り壊しを強行。ほこりと油っぽい臭いと騒音振動でこの一人暮らしご老人を不安と恐怖感でいたたまれなくした。
50年住み慣れた家で詩吟を楽しみ当方の土地にある地蔵尊にいつも水と花を供え元気に暮らしていたこのご老人が『とてもじゃないが居られない』と悲鳴をあげた。
『老人が居る間は借りていたい』と願い出ていた残り1名の借家人に自ら『これ以上我慢出来ないので転出に応じる事にした』と貸部屋の断りを入れたそうだ。これを組合は話し合いによる円満解決だと言う。
日本は法治国家でしょうか。文京区茗荷谷再開発では、人権蹂躙がまかりとおっている。この事実を広く皆様に知っていただきたいのです。」(シンポ配布資料より)
飯田橋セントラルプラザから臨む、都市再生の現場。
千代田区富士見町地区の実質容積率1000%の超高層マンション、施行者は野村不動産
●超高層マンションが林立する「監視カメラ」が似合う都市 真の都市再生の方法は?
「持続可能な都市」(岩波書店)で著者の福川裕一さんは市民・住民側の力量も問われているとして、真の都市再生の方法の5カ条として以下を挙げている。(同書310頁)
① 「高密度=高層」ではない(人間的・協調的な都市空間へ)
② ビジョンと戦略(コンパクト・シティへ)
③ 個別の行為が全体をつくる(個をエンパワーする都市計画へ)
④ 参加(つくる参画へ)
⑤ コミュニティ・ディベロッパー(「参加」を超えて)
今の都市再生の現場は、昔からまちを育んでいた人を追い出すというコミュニティや地域文化の破壊を前提としている。一方、超高層マンションの新たな住民は、「勝ち組」で「効率」「楽しさ」というライフスタイルを好むということから、新たなコミュニティや文化の創造などはおぼつかない。せいぜい監視カメラが似合う都市ではないか。
