2008/6/28 土曜日

残土、産廃問題などをなぜ地元県議が取り上げないのか?!

カテゴリー: 県議会

 27日午後1番で、同僚の大野博美さん(佐倉市選出)の一般質問が行われた。現地調査、市民との連携、関連文書の検討、担当職員からの何回ものヒアリングを踏まえたもので、おねだり・懇願・リップサービスなど一切ないこれぞ議会質問と言えるものだった。八ツ場ダム、遺伝子組換え作物指針では県は国・政府にひれ伏すだけの存在であること、農業法人かずさ風の丘、金谷の残土(=産廃)問題では法令の不備を口実として県が残土埋め立て推進役であること、茂原市少年えん罪事件では県警と公安委員会の一体性を聴くものに強く印象づけた。

大野博美さんは1回目の質問を、冤罪で48日間も過酷な取調べを受け、心身ともに深く傷つき自殺未遂を起こした少年(茂原市少年えん罪事件被害者、当時14歳)の母親の次の言葉を紹介して締めくくった。
「冤罪は裁判で無罪となっても、そこで終わりとはなりません。当事者の苦しみは一生消えることはありません。一度犯人として烙印を押されたら、世間の目は冷たいものです。国家権力の真綿で包まれている警察官は、冤罪がどれほどの悲劇を生むか、人の一生を潰してしまうかを自覚して、善良なる市民を無実の罪に陥れないように、職務に就いてもらいたいと願ってやみません」
 県警も公安委員会も是非この言葉を胸に刻みつけて欲しい。

ところで、県の答弁には、21世紀に相応しい地方分権改革の視点も地方自治体としての使命も感じられない。地方分権改革とは「単に国と自治体との関係を正すだけでなく、自治体と住民との関係を正常化する改革でもなければならない」し、そのためには「ズレた首長を取り替えやすくするとか、巨額の借金をする際には住民投票によって住民自身がその是非を判断するなど、住民による自治体の「規律づけ」を強化する手立てが必要」である。(片山善博『日本を診る⑦』「世界」08年7月号)
今後、この「規律づけ」の手立てをつくりたいと思うし、来春の知事選ではこうした「分権改革」を推進する人の当選を実現したいものだ。

● 「政治的支持がない」から地元県議は取りあげない?

 今回の大野博美さんの質疑を聴いていてもう少し質問時間があればと思うのは私一人ではないだろう。一方、考えてみれば残土、産廃問題などの問題が発生している地元県議がこうした問題を取り上げないことのほうが不思議だ。もちろん県議は全県的な視野で取り組むことが使命であるし、残土・産廃問題は全県的な問題でもある。しかし、道路事業などに露骨とも言える執念で地元(部分)益にこだわる自民党会派などがとりあげないのだ。今回の質問で言えば、残土問題では木更津市、富津市、少年冤罪事件では茂原市選出の議員であり、彼らが所属する会派の姿勢が問われる。
 なぜ、取り上げないのかを考えてみるに「利権とシガラミ」しかその理由が思い当たらない。日ごろの情報源を県行政に依存していることや調査分析力、感性など議員としての能力・力量の問題とともに、取り上げても議員や会派に直接の利益がないことや、県行政、警察官僚、業界との日常の「関係」を優先することがその理由だろう。

 ちょうど美浜のTさんから送っていただいた「すばらしきアメリカ帝国」(ノーム・チョムスキー、集英社)を読み終えたところであるが、米国内の国民医療保障の充実を求める圧倒的多数の国民世論に反して共和党、民主党が反対する理由は「政治的に不可能」「国民のほとんどが賛成しているだけで、政治的支持が得られていない」ことだという。「「政治的支持」とは、保険業界、金融業界、HMO(健康維持機構〔会員制の医療団体〕)、製薬産業の後ろ盾を意味」し、国民世論結果も米国内では報道されない構造にある。(同書136頁)  どうやら日本、千葉県もこれと同じ構造にある(後期高齢者医療制度をめぐっても同様)ようだ。

2008/6/27 金曜日

こんな議会に誰がした!県議会質問  医療制度改革、関与した厚生官僚も「やってはならないことに手を染めた」と反省

カテゴリー: 県議会

 24日から県議会本会議の質問が始まった。あえて言えば、時間が「もったいない」。課題山積の千葉県だが、質問内容で、少しヒアリングすれば済むようなもの、辟易するほどの部分(選挙区)利益の偏重と道路信仰にしがみついたおねだり・懇願調のもの、財源面や施策の優先度の検討放棄など総合的な視点の欠如、行政の代弁らしきもの・・・が目立つ。これは、片山善博・前鳥取県知事のいう「八百長と学芸会」の世界だ。そもそも、行政に対する議会のスタンスが感じられない。これこそ「責任会派」の責任だ。

● 後期高齢者医療制度~小泉「改革」の予算削減まずありき
             
 後期高齢者医療制度も県議会の質疑で取り上げられているが、自民・公明のスタンスは「国民への説明不足」を問題とし、高齢化による医療費増加への備えとしては最適というものだ。しかし、これは制度策定経過などをみれば、そうとは言えない。

・医療費の額は政策スタンスで決まる
すでに以前のブログで紹介したが、「高齢化で医療費はどんどん膨張する」というのは非常識であり、「医療費増に高齢化の影響はほとんどない」のが常識だという。(「医療クライシス」① 毎日新聞 6月17日)

つまり、「医療費は野放図には伸びない」し、「医療費の自然増の最大要因は高価な薬や機器、治療手段が開発される医療の進歩であることは明白」であり、「高齢化が医療費を増やすように見えるのは見掛けの関係で、医療費の増加率は国民所得の増加率で決まる」という。医療費の額は結局、社会のパイの中からどれだけ使うかという政治的判断、つまり医療への政策スタンスで決まる。(毎日新聞、同)

・導入の目的は「高齢者に痛みを感じさせる」こと
「03年3月、75歳以上を独立保険とすることなどが柱の改革方針が閣議決定された。05年9月、郵政選挙で圧勝した小泉元首相は「小さな政府」路線をひた走った。最大のターゲットが医療費で、25年度に56兆円になる給付費を48兆円に抑えるのが主題。そこでは、高齢者の窓口負担増が中心。「いい医療をどう実現するかが欠落している」(厚生族)などの指摘は大きな声にならず、05年12月、医療制度改革大綱が決まった。」
「厚生省の審議会委員を長く務めた医事評論家の水野肇さんは、「小泉元首相がやったのは政府の予算を削ることだけ。後は財務省に丸投げした。こんな安易な方法では、低成長下での社会保障や医療制度の問題は解決しない」と批判する。」(毎日新聞、6月7日)
「厚労省の担当幹部は1月、講演で「医療費が際限なく上がっていく痛みを、後期高齢者が自らの感覚で感じ取っていただくことにした」と語った。」(毎日新聞、6月4日)

・療養病床の6割減も、まず3000億円削減ありき
 後期高齢者医療制度とセットで出された高齢者の長期入院施設、療養病床を6割減の15万床に減らす方針について、「当時保険局に財務省から課長補佐として出向していた村上正泰氏は、中央公論3月号で「医療費削減ありきだった」と暴露。3000億円削減の目標が設定され、そのため療養病床をどれだけ減らすか、というつじつまあわせをしたというのだ」
「改革に関与した元幹部は「物価はどんどん上がったらどうなるのか。弱者の側に立つ厚生官僚として、私はやってはならない政策に手を染めた」と話す。(毎日新聞、6月23日)
 

2008/6/26 木曜日

指定管理者導入の議案が提出されている県スポーツセンターを視察

カテゴリー: 県議会

 25日朝の議会開会前の時間を利用して、山砂運搬ダンプによる木更津の高専生死亡事故の件で県警交通企画課の担当者から大野博美県議とともに議会控え室で報告を受ける。

現在捜査段階にあるが、事故を起こした「白ナンバー」ダンプは会社所有であり、運転席の窓ガラスにシールが貼られていたことは確認スミということだった。会社の指示により羽田事業で木更津港まで2回山砂を運んだ後、富津の採取場に向かう途上ダンプで込み合う交差点を避けての事故発生、21歳の運転手に過密なスケジュールを強いていなかったのか、勤務状況、会社と運転手との雇用関係も調査が必要だと思う。

23日午後のヒアリングで県土整備部担当者は、羽田事業とは異なる仕事で採取場に向かう途上での事故(このこと自体確認が必要だが)なので、羽田事業とは無関係だと答えた。
しかし、交差点の混雑は羽田工事と無関係ではないハズだ。木更津では多くの高校生が16号を経由して自転車通学している。「(左折時)羽田ダンプは右ばかり見て、左を見ない」という声も聞かれる。羽田事業による混雑を避けて羽田事業以外のダンプが生活道路などにまわる可能性も高い。住民の生命の安全と健康を第一とするならば羽田事業以外の山砂運搬ダンプの走行ルート指定も必要だろう。ともかく事故原因を単なる「運転手の不注意」だけでおわらせてはならない。

● 指定管理者導入の議案が提出されている県スポーツセンターを視察

24日本会議終了後、県総合スポーツセンター(千葉市稲毛区天台町)を吉川洋県議と視察する。敷地面積は43㌶で、H11年建設のスポーツ科学センター、H17年に約20億円かけて改修した陸上競技場を除き、他の施設は建設後約40年経過し、老朽化が著しい。また今後耐震改修が必要なものもある。屋内屋外の水泳場(H15年まで使用)、相撲場は使用をやめている。
21名の正職員に嘱託4名、非常勤職員1名、再雇用者3名体制で、事業収入(施設使用料)は年間4千万円~5千万円、支出は4億~5億である。

指定管理者制度の課題は、①公共性をどう確保するか(施設の使命を実現するものとなっているか、市民としっかり向き合い、市民との協働を実現するか)、②現状の管理運営の課題を抽出し、それらを解決するものとなっているか ③直営と指定管理者を比較検討し、優劣の根拠が明確に示されているか、④経費節減がサービスの低下、不安定な雇用関係やワーキングプアを広げるものとならないか、⑤3~5年毎の更新で長期的なビジョンに基づく安定した管理運営ができるか、などが挙げられよう。
総合スポーツセンターの場合、県の総合的なスポーツ政策(総合型地域スポーツクラブ事業など)、センターの将来計画(ハード、ソフト両面)の明確化と県民との共有が不可欠と思われる。

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dscf0161a.jpg  dscf0162a.jpg 県総合スポーツセンター

2008/6/24 火曜日

木更津、山砂運搬ダンプによる死亡事故現場を訪ねる  

カテゴリー: 活動日記

 昨年6月議会の一般質問で私は、羽田再拡張事業に伴うダンプによる山砂運搬の安全確保の問題を取り上げた。生命の安全、健康が侵害される住民を一人も出さないという思いからだった。

しかし、今月19日朝、木更津市内の国道16号線に入る信号機のない交差点で、自転車通学中の木更津高専の19歳の学生が左折してきた大型ダンプに巻き込まれ死亡する事故が起きてしまった。本人、ご家族の無念さ、悲しみを思うと本当に胸が痛む。ダンプは君津市の土砂採取場から木更津港まで羽田再拡張事業用の山砂を2回運んだ後、別の仕事で富津市の採取場に向かう途中だったという。

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dscf0153a.jpg  dscf0155a.jpg 事故現場付近

23日午前10時に木更津ネットの金井さん(前市議)とJR木更津駅前でおちあい、金井さんの車で木更津警察署を訪ねた。警察署には当のダンプとおぼしき車がナンバープレートを隠した状態て保管されていた。運転席のガラスの前面部と両サイドにはシールがはがされた跡が残っている。運転手は21歳といい、会社所有の青ナンバーではなく「白ナンバー」で車もまだ新しい。

「山が消えた」(佐久間充著・岩波新書)では関係者の話として「ダンプは、当初は山砂業者や運送業者の自社持ちの青ナンバーだった。しかし、維持費や人件費がかさむうえに、でかいクルマで危険もともなうので、そのようなリスクをダンプ運転手個人に負担させるような制度を建設業界が考案した。つまり、高額なダンプカーを運転手が自分で買えるように、銀行口座で手形を分割払いできる制度が生まれたのである。このようにして運転手が「ダンプ持ち込み」で業務上の危険を自ら負担し、「白ナンバー」で独立採算のかたちで営業するという「代車」制度が誕生した。」「・・・建設業界やゼネコンにとっては安上がりの都合のよい制度だから、長年温存されて今日にいたっているのである。」(同書160-161頁)ということが紹介されている。このダンプの場合はどうだったのだろうか。

その後、事故を起こしたダンプが当日走行したと思われるルートを木更津港から辿って事故現場を訪ねる。途中、何台ものダンプとすれ違ったが、羽田事業を示すプレートやリボンをつけたダンプには1台も出会わない。センターラインや横断歩道の白線があちこちで消えかかっている。

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午後は県庁で羽田事業の山砂運搬の担当課より今回の事故についてヒアリングする。すべての要因を洗い出し、二度とこうした事故が起きない処置をとることは政治の務めでもある。

2008/6/23 月曜日

長生村長選挙で石井さん圧勝 バイオ施設をめぐる住民紛争相次ぐ~WHO指針の軽視とカルタヘナ国内法と改正感染症法の不備

カテゴリー: 活動日記

 22日投票の長生村長選挙で2選目に挑戦の石井俊夫さんがダブルスコアで圧勝した。合併ではなく、市民自治に基づく福祉のまちづくりを住民は選択した。

 21日午後は、バイオハザード予防市民センターの総会とシンポジウムが東京都新宿区内で開かれた。今年に入ってバイオ施設(病原体や実験動物を扱う実験、遺伝子組換え実験を行う施設)計画に対する住民の異議申し立てが相次いでいる。このことからもカルタヘナ国内法や、テロ対策を主眼とした改正感染症法の限界が示されている。シンポジウムでは神奈川県藤沢市の武田薬品工業研究所計画、東京都豊島区の学習院大学研究施設計画、武蔵村山市の国立感染研P4施設稼働計画、神奈川県湯河原の三心研究所問題、東京都府中市の国立医薬品食品衛生研究所P3施設計画を抱える住民の方々の発言が相次いだ。

 私も学習院、武田薬品の研究所計画について意見書を提出していたが、武田薬品からの回答は法令順守と厳格な内部規定があるから安全対策は万全だ、WHO指針内容の必要な項目は国内法令に反映されているハズだ、内部規定も含め安全情報の積極的な開示は考えていない、という前時代的なものだった。要するに安全問題については国・政府に一任し、自分たちは研究業務に邁進するという姿勢だ。「リスク・コミュニケーション」など眼中にない。

 2003年~04年SARSウイルスの取り扱い中に北京、台北、シンガポールで実験室感染が相次いだことから、2005年の第58回世界保健会議総会決議で、実験室感染の地域社会への拡大防止に各国が取り組むこと、WHO規定を各国が順守することが採択されたが、そんなことには日本政府も事業者もおかまいなしだ。政府は今日までハンセン病、BSE肉骨粉問題などWHO勧告を無視することで、国民に多大な犠牲を与えてきた。このままではバイオ施設からの生物災害でも同じことが繰り返されると思われる。

 22日午前は、地元で「川本幸立とのおしゃべり会」が開かれた。20数名の方に足をお運びいただいた。後期高齢者医療制度の問題点、県の借金財政の実態と要因などを中心に話した。参加いただいた方の中に、先日、木更津市内の国道16号線の交差点で羽田拡張用の土砂運搬車にまきこまれて亡くなった19歳の木更津高専生と自分の子どもが同級生だったという方がおられた。子どもの命が守られず、お年寄りが安心して生活できない社会はどう考えてもオカシイ。安全性の確保と助け合いの実践活動の中で、住民が地域経営の主人公となる仕組みを展望したいものだ。

●(参考)毎日新聞 6月21日朝刊
「遺伝子組み換え生物扱い不適切~日大など注意

 文部科学省は20日、遺伝子組み換え生物の不適切な取り扱いがあったとして神戸大や東北大、日本大、近畿大の4大学に文書で厳重注意した。神戸大では6年間にわたり遺伝子を組み換えた大腸菌や酵母を下水に廃棄していたことが、大学の調査で判明している。
 ウイルスやマウスの遺伝子組み換え実験を行う際に▽実験中であることを示す表示がなかった(東北大)▽マウスの逃亡防止措置を取らなかった(近畿大)▽事前の手続きを怠っていた(東北大、日本大)-という事例があった。」

2008/6/18 水曜日

高齢化」が「医療費増」につながる根拠なし  柏特別支援学校視察

カテゴリー: 活動日記

 16日午後は「市民ネット・社民・無所属」会派の4人で、柏特別支援学校(柏市十余二)を視察する。増加する児童生徒数に、教職員の配置や施設面などが追いついているかどうかを確認することが目的だ。
 H16年度と20年度の比較を以下に示す

           H16年度     H20年度  
 児童・生徒数     161        222
 職員数            96        112 
 (校医・薬剤師除く)
 学級数           41        50
 教室数           27        35
 プレイルーム         3         0
 図書館            1         1(但し大きさ半分) 
  和室               1         0
  技術室             1         0

今後、プレハブの2教室が設けられる予定というが、教室数、職員室や食堂スペースの不足などが著しい。教室不足を補うためにプレイルームや和室が教室に模様替えされ、高等部では2クラスが教室を共用している。スクールバスの座席も一部不足している。
グラウンドやプールを含め、現場では時間割を工夫して乗り切っている。
教育環境の充実の立場からウォッチしていきたい。

 
 17日は、長生村長選の告示日、2期目を目指す石井俊夫・長生村長の出陣式に参加する。

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石井さんは、①公約に従い住民アンケートで示された65%の合併反対の声に基づき、今後「自立日本一の村」づくりをすること、②国民健康保険層の平均年収が160万円であることを踏まえ、一般会計から補助をすること、③少子化で1.10の出生率を踏まえ、子どもの医療費助成の対象年齢を小学校3年から中学生までを目指すこと、④グループ制導入などで人件費削減をはじめ庁内改革を進めること、を表明した。対立候補は国民健康保険料の公的補助に反対した市議に押され、茂原市の土木部長として茂原市の借金財政に責任を問われる立場にある方だ。石井さんの再選を願いたい。
● 「高齢化」が「医療費増」につながる根拠なし

 6月17日の毎日新聞朝刊「医療クライシス~脱「医療棒国論」」は、政府・厚労省が83年以来唱え日本の長年の低医療費政策や今回の後期高齢者医療制度導入の理由ともなった「医療費亡国論」とは正反対の主張を、医療経済学の専門家をはじめ当の厚労省の役人もしていることを紹介している。
「医療費増に高齢化の影響はほとんどない」
「医療費は野放図には伸びない」
「25年度の国民医療費が現在の倍の65兆円になるというが、経済成長で国の「財布」の大きさも変わるため、名目額は倍増でも実質額はそれほど増えない」
「医療費の自然増の最大の要因は、高価な薬や機器、治療手段が開発される医療の進歩であることは明白だ」
「医療費の額は結局、社会の中からどれだけ使うかという政治的な判断、つまり医療への政策スタンスで決まっている」

「医療費の増加率は国民所得の増加率で決まる」のは「医療経済の世界では当たり前の話」だそうだ。終末期医療費の実態も医療費増の要因とは言えない。
やっぱり、後期高齢者医療制度は廃止するしかない。 
 

2008/6/16 月曜日

高度経済成長と「自我の成長」の関係  「水俣への旅」報告④~緒方正実さん

カテゴリー: 活動日記


 14日午後、バイオハザード予防市民センターも後援団体の一つに名を連ねた「第9回平和のためのコンサート」(主催:平和のためのコンサート実行委員会)が東京都新宿区の牛込箪笥区民ホールで開かれた。第2部では梁石日(ヤン・ソギル)さんが「在日コリアンの現在」というタイトルで講演した。

dscf0117a.jpg 「平和のためのコンサート」で講演する梁石日さん

梁さんは現在、「週刊金曜日」で「従軍慰安婦」をテーマとした「めぐりくる春」を連載中だ。執筆の動機について「「will」という雑誌で、小林よしのりと上坂冬子の対談を読み、上坂の『朝鮮人は当時、日本人であり、日本人だったら戦場で兵隊のために身も心も捧げるのは当たり前、私も年頃だったら兵隊に身も心も捧げた』という発言を目にしブチ切れた。この差別を通り越した露骨な主張に、負けてはいられないと思った」と語った。

「自我とは何か?」について、
「人は他者と向き合うことで目覚め自我が成長していく。他者が鏡のような存在だ。我々は他者と向き合わないと自分の姿がわからない。鏡を見てはじめてわかる。民族的自我、国民的自我も同じ。つまり民族も他民族と、国家も他国としっかり向き合わねばならない。
かつて言われた「近代的自我の超克」という言葉を今は耳にしない。高度経済成長で近代的自我などクソクラエということになった。」
そして「在日コリアンの役割」については、
「在日コリアンの役割を、もう少し明確にすることが日本の市民、社会にとっても必要と思う。せめて地方参政権は必要で、そうしないと意見主張する場所がない。
個人的には、社会は混合していくのが一番良い。そのほうが強い社会をつくる。純粋培養では弱い社会しかできない」と語った。

高度経済成長の負の側面として、水俣病などの公害問題、拝金主義などが指摘されてきたが、「自我の成長」という視点からも考える必要がありそうだ。

●「水俣への旅」報告④~緒方正実さんのお話

昭和32年12月生まれ、木工職人 2007年、8年ぶりに公的認定を受ける。4人家族。
5月31日午前、仕事場でお話を伺う。

「未解決問題がたくさん山積み状態で、中身はズタズタで必死の思いでそれぞれの人が精一杯くらしているのが水俣です。今日はどういうお話をすればいいのか悩みましたが、あいまいな伝え方ではとんでもないことになるので、限られた時間の中で非常に困難なことですが、正確な伝え方をしたいと思います。」

dscf0057a.jpg  dscf0058a.jpg  緒方正実さんとこけし

生まれた家は網元で一番多い時で近所や親戚など40人が働きに来ていた。40人が毎日食事も一緒だった。
昭和34年9月 水俣病が家族を襲った。毎日抱いて寝てくれた祖父が水俣病を発病した。当時父親は20歳代だった。祖父は母に体がおかしいので寝てやれないと言ったそうです。症状が毎日毎日悪化していった。当時は奇病といわれ、大学病院で診察を受けた。

今から50年前、熊本の大学病院に連れて行くことは、よっぽど地域の医者も自信がなかったと思う。どういう診断されたのは聞いていないが、病状は悪化する一方で、市立病院入院後、1週間かそこらで狂い死にしてしまった。とにかく奇病といわれながら死んでいった。

大黒柱を亡くしパニック状態になった。祖父は発症するまでは元気で何があっても絶対死なないだろうと言われていた。水銀の影響を心配で自分たちも不安だった、しかし、口に出来ないし、診療も受けられない。「奇病」として世の中からこわがられる病気だった。
母から聞いた話だが、近所の人が家の前を通るとき、口を手で覆い息を止めて走り抜けていったという。初七日が済み、漁に出て町の市場に魚を持っていった。ところが市場では緒方の魚を買い取ることを拒否された。一緒の海で不知火海で獲ったのに、誰が獲ったかで判断された。こうしたことは長くは続かなかったそうだが、この思い、悔しさは残っている。

しかし、今考えれば、時代がそうさせたのであって、個人を恨んだりすることは許されないと思う。自分の健康を自分で管理すべきだから、誰もがこわがるのは当然。むしろ、きちんと解明すべき世の中、行政をうらむべきだ。自分はなにも悪いことをしていないのに、水俣病はかくさなければならない事情があり、特別扱いされた事情があった。
祖父は発症して約3ヶ月で死亡。昭和34年、妹が祖父に入れ替わるように生まれた。胎児性水俣病患者だった。

母親も父親もしばらくは自らの人生を守るために隠し通した。多くの人が隠し通した。
患者がかくし通した悲しい歴史が50年たっても解消しない。だからといって責めることはできない。

私の家族、親戚で20人の認定患者がいる。94年の政治解決で救済の対象となった人は私の親族で60名いる。実際は数十名ではきかない、確認できない位いると思われる。
おおげさと思われるかも知れないが私の人生は「水俣病ではじまって水俣病で終わるだろう」と思う。数年前まで、いつ死んでもおかしくないといったくらい、世の中に対して不満が爆発していた。どういう格闘か?というと、人間として見捨てられた私の人生を取り戻す格闘、闘いだった。というのは今から12年位前「政治解決」があった。
私は、それまでウソをついてまで水俣病ではないと言ってきた。

私は、魚が大好きでどんぶりいっぱいの貝や刺身を毎日食べていた。しかし、食べたことはないとウソを言っていた。考えてみれば人よりも多く毎日、毒を食べていた。2歳のときに熊本県が毛髪の水銀濃度を検査したとき、226ppmだった。祖父や妹は周囲の人がほっとかなかったので認定されたが、私は認定申請しなかった。
左手がしびれ、2本の指は針をさしてもわからないくらいだ。耳鳴りがして、せみが頭の中で鳴り響くようだ。

外から見てもわからないものだから、水俣病を引き受ける覚悟がなかった。逃げ続けてきた38年だった。政治解決のときに、一人の人間の力の弱さを感じた。
H8年1月~7月1日までの期限の中で、申請期間が定められた。これで水俣病はすべておわりといわれた。おわりか、おわらされるのかという気持ちで申請した。

私の中では、正直いって、不満が沢山あり絶対許せないが、このくらいで許してやるという気持ちがあった。「許さないのであればどうするか?」の回答が自分の中にないことがわかった。心の中で整理して受け入れ態勢をつくっていた。すべてが、自分が対象になるという前提で考えていた。

申請に対する通知書を受け取り、送り返そうかなどと迷いながらもおそるおそるあけてみた。何がなんだかわからないというのが正直な気持ちだった。通知書には「あなたは水俣病と関係ない、認めない、症状もない」と記載されていた。何のことか?
毛髪水銀のことや家族の被害のすべてを伝えていた。
私は一瞬、別の人のことだろうと思った。

行政から事実に反したことを告げられたことを放っておられない。38年間、死ぬ思いできたことを無残にも切り捨てられた思いがした。逃げる中でつらい思いもあり、そこに私の人生の歴史があった。そういう歴史がなかった、緒方正実はこの世にいないよと告げられた思いだった。

一時金260万円出していただいたならば今後の水俣病の研究のために寄付するつもりだった。受け取れなかった、38年間自分の都合で逃げてきた自分には使えない。全面解決に向けて取り組んで欲しい。人を助けることに使うことは自分を助けることになると思った。

熊本県に、なぜあなた方は私を切り捨てたのか?と問うた
担当者「何で緒方さんはこうなったのでしょうかね。政治解決で救済の対象にならなかったというのはおかしい」
緒方「おかしいことをおかしくないようにすることが、あなたたちの仕事でしょう」
担当者「気持ちはわかるが県レベルではどうにもできない。政府の決めたことだ」
緒方「どうしても出来ない理由は」
担当者「7月1日で受付を締め切った。だから受け入れ態勢がない。結果について異議申し立てしないことがこの事業の前提だ」
緒方「じゃ、あなたが私の立場だったらどうしますか」
担当者「今、その立場になっていないのでわからない」
緒方「あなた方ができないなら、私がどうにかする」

その後、別室に呼ばれ、どなりちらされた。「あなたができるのか!何をするのか!何が不満なのか!」 その言葉が残念で、その一つ一つの出来事で闘いの人生がH9年1月に始まった。

緒方正実はこの世にいないと行政から告げられて、平気ではいられない。
水俣病は私の人生の中で重大事件だったことに気がついた。
自分自身が水俣病をある意味で差別していて、このことをわびないならば、自分は水俣病患者であることを名乗ることから出発し、自分の責任をもって発言をしていく
もう水俣病から逃げ出せない状態をつくった。人間は死ぬ気になれば実現できる。

あやまった中で起きている訳だから認定できないはずがない。もしできないなら法律が間違っている。水俣病が終わったとされる平成9年1月から一人の闘いをはじめた。
何百回、何千回、人から「なぜ今さら」と言われた。
自分の人生を切り捨てられたことで、人がなんと言おうと自分が納得できるまで「絶対に闘う」ことを誓った。
私は死ぬ思いで生きて10年間、国、県と闘い、認定申請を4回行った。
1回の申請で十数回の身体測定、詳細な聴き取りがされるので、普通の人はイヤになる。
それでも私は、申請結果の間違いを毎日毎日検討し、資料を突き出し説明を求めた。次の申請の時に、それが生きてくる。

成績証明書の無断使用事件では、知事が私のところまで謝罪に来るという人権侵害があった。その直後に、私が提出した申請の報告書で職業欄に「無職」と記載したのに「ブラブラ」と行政が書き換えていた。40何年の歴史の中で水俣病被害者を見下げている。こうした報告書の改ざんは絶対に認められない。小さい問題でも自分の前にあらわれた問題はすべてきちんと解決していくんだという覚悟だった。しかし、行政は進んで自分たちから問題解決しようと一切しない。
水俣病が解決できない理由がここにある。被害者を見下す気持ち、差別があるところに救えるハズがない。

07年3月15日、逆転認定を勝ち取った。2266番目だった。
法律と闘っても仕方ない。「あるのにない」というのは何故か!このことを追求していかねばならない。それをやってきた。その気になって正面から向き合えば不可能なことはないのだと思う。

県が患者を差別するのは、県は加害者の立場にあり、罪を軽くしたいという思いがある。貧しい漁村地区での被害であり、漁村地区への見下しもあった。役人という立場の「思い上がり」もある。」(文責:川本幸立)

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水俣・丸島漁港と魚市場
 

2008/6/14 土曜日

アフガン陸自派遣計画~「必要なのはパンと水。軍事活動では何も解決しない」  教育現場における人権~障がい児の親の小中学校への付き添いの実態調査結果

カテゴリー: 活動日記

 8日に起きた25歳の派遣労働者による秋葉原無差別殺人、「もちろん、彼のしたことは許されることではない。しかし、ここまで25歳の若者を自暴自棄にしてしまったのは、一体何なのだろうか。多くの若者から「未来」を奪ってきたこの社会のシステムを、もう一度考え直す必要があるだろう。」という「マガジン9条」の雨宮処凛さんのコラムに同感する。

 11日朝、毎月恒例となった土気駅前での「とけ・九条の会」の街頭活動を行う。ニュース20号を400枚配布する。見出しは「「消費税増税」論のまやかし! 医療財源=生存権確保は公共事業、法人・所得税、軍事費の抜本的見直しで」というもの。
恒久法制定によるアフガニスタンへの陸上自衛隊派兵計画も気になる。非政府組織「ペシャワール会」の現地代表、中村哲医師は、政府がアフガン本土へ陸上自衛隊の派遣を検討していることを強く批判、派遣が実現すれば同会の現地活動を停止し日本に完全撤退することを表明し、「反日感情が高まり日本人スタッフの安全を守れない」とし「必要なのはパンと水。軍事活動では何も解決しない」と訴えてきた。(共同通信)

 11日午前、議会運営委員会が開かれ、4人会派「市民ネット・社民・無所属」に認められる年2回の代表質問は9月議会と2月議会に決まった。6月議会一般質問は大野博美さん、9月代表質問は私、12月一般質問は小宮清子さん、2月代表質問は吉川洋さんの予定だ。

 大野さんの6月議会一般質問(6月27日(金)午後1時)の項目は、①「農業法人風の丘」事業 ②八ツ場ダム、③農薬と化学物質化敏症、④遺伝子組換え作物の交雑防止、⑤茂原少年冤罪事件、にほぼ固まった。
今週は県職員からのヒアリングに私も連日議会に足を運び同席した。
 
● 教育現場における人権~障害のある児童生徒の親が付き添いを行っている実態調査の結果

 学校の主役は子どもたちであり、学校は子どもたちが社会に出るための成長の場である。
しかし、日本の教育の実態は、国連「子どもの権利委員会」が「日本の子供たちは過度に競争的な教育制度のストレスで子どもたちの発達のゆがみの危険にさらされている」と指摘し是正を勧告してきたことに象徴される。
 学校への親の付き添いは、子どもたちの発達のみならず親の生存権を損ないかねないことから、人権の視点から厳しくチェックされる必要がある。
 今まで、県教育委員会に親の付き添いの実態について調査することを2回申し入れたが、「その必要なし」として断られた経緯がある。そこで県議会事務局政務調査課に依頼したところ、調査結果の報告を6月12日に受け取ったので以下に紹介する。今後、この結果を踏まえて取り組みたい。
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障害のある児童生徒の親が付き添いを行っている実態調査の結果について

 小中学校(特別支援学校を除く)に対し、障害のある児童生徒の親が付き添いを行っている実態の調査について、市町村に照会した結果、次のとおりです。

1 「保護者の付き添いの実態ありとの回答」→7市
・成田市(小学校9校14名、中学校1校1名に対し、保護者の付き添いを依頼。詳細は別紙(HPでは省略)のとおり)
・東金市(小学校1校2名、筋ジストロフィー、動作が遅い児童)
・君津市(小学生1名、中学生1名が授業中に保護者に付き添うことがある。ほかに、小学生10名、中学生2名の保護者の付き添いは登下校のみ)
・四街道市(学校生活における保護者の付き添いは無し。登下校時の保護者の付き添いは小学生27名、中学生2名)
・袖ヶ浦市(小学生1名)
・八街市(小学校1校で、車椅子使用の児童在籍。登下校時は保護者が付き添い)
・香取市(自閉症児の小学1年生1名に保護者が毎日付き添い)

2.調査していない→48市町村
(1)「調査していないが、学校からの報告等で、実態として把握している」→5市町村
・木更津市(1名把握)
・松戸市(何件かはあると聞き及んでいる)
・いすみ市(市立小学校児童1名)
・九十九里町(身体障害のある児童が1名おり、1名の介助員がついている)
・本埜村(小学生1年生1名)

(2)「調査していない」→43市町村

3「市で、指導員等(通常学級指導員、特別支援学級介助員をそれぞれ8名)を配置して対応しているため、保護者の付き添いしていることはない」→印西市

2008/6/8 日曜日

若い世代が進んで署名 「後期高齢者医療制度」廃止を求める署名活動 「水俣への旅」報告③ 水俣市立水俣病資料館~「細川一の言葉」

カテゴリー: 活動日記

 大阪府は約5兆円の府債残高を抱えているそうだが、橋本徹知事が、5日、年1100億円の収支改善を図る財政再建策を盛り込んだ大阪維新プログラム(維新案)を発表した。 
これについて「お役人風の案になったという印象。やりにくいところに手をつけなかった」(片山・前鳥取県知事)、「今回の歳出削減は切りやすいところをカットした印象がある」(新藤宗幸・千葉大教授)(6月6日、毎日新聞)と評されている。確かに、建設事業費の削減は75億円に過ぎないのに、文化、私学助成削減(8月~09年3月で約48億円)などが大幅に削られる。借金を生み出した元凶には手をつけず、このままでは行政機関の一番の役割が夕張のように金融機関のための借金返済機関になってしまう。

 さて、6日の参院本会議で野党4党が提出した後期高齢者医療制度廃止法案が可決された。
6日昼前、土気駅前で1時間と少々「市民ネットワークみどり」の5名で、「後期高齢者医療制度の廃止を求める署名」活動をする。
 政府与党がこの制度導入の根拠としているのは「財源」論と「若者の負担軽減」論だ。
この制度は確実に、老人医療費を削ることと国民皆保険制度を潰すこと(保険診療→混合診療→自由診療)に繋がるが、背景には、①利権とシガラミの公共事業費や軍事費財源を確保するための消費税大幅アップに結びつけること、②医療の市場化などを求める米政府の対日要求、がある。
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土気駅頭での後期高齢者医療制度の廃止署名

実際、「福祉財源」とすることを口実に導入された消費税、89年度から07年度の税収累積188兆円は、この間の法人三税の減収分158兆円で85%が消えている。また、06年8月、当時の谷垣財務大臣は3兆円にのぼる「米軍再編」費用について、「消費税増税でまかなう」考えを明らかにしている。(「日本の軍事費~巨大なムダと利権」安保破棄中央実行委員会) また、消費税は逆進性故に、所得の少ない若者やお年寄りの生活へのしわよせが大きい。

また、「財源」論も法人・所得税率や公共事業の抜本的見直しを議論すべきだ。(財源も確保できる見通しがある) マイクで「負担軽減のために若者こそ制度廃止を求めよう」と訴えた。お年寄り以上に若者が進んで署名をしてくれたのには驚いた。通行者は少なかったが70余りの方々から署名をいただいた。

● 「水俣への旅」報告③ 水俣市立水俣病資料館~「細川一の言葉」

 5月30日午前、水俣病資料館内を吉本前館長に案内いただいた。

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 水俣市立水俣病資料館と展示

吉本さんは、
「水俣はキライ、キライでもここで生きていかねばならない。水俣の行政、政治には解決できる権限がなかった。」
「人の話は鵜呑みにせずに、現場に足を運ぶこと、解決の糸口は現場にある、机の上にはない。資料館の「地元学」は、下手でもいいから自分たちで調べようと、ともかく患者の方の話を聞くこととした。」
「2つの考え~若い人に「そういう時代でも強く生きた人がいる」こと、そして失敗から学び二度と繰り返さず生命を大切にすること~がある」
「必要なのは楽天性、人が育つのは「逆境と笑い」だ」
「アセトアルデヒドで得た金はどこにいったか?チッソ五井工場建設に注がれた」
など語った。
 ちょうど館では56年5月1日に「原因不明の疾患の発生」を水俣市保健所に届け、ネコ実験で工場排水による発症を確認したチッソ付属病院院長だった細川一氏の展示が行われていた。

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dscf0044a.jpg  dscf0047a.jpg 細川一展示

「細川一の言葉」から
■晩年の心境
(工場医の立場)
「利潤追究のみを考える工場と生命尊重を第一義とする小生との間におは思想的に相入れないものが根底にあった。
 これが工場医としての小生の前に壁となって現れ、圧力となって現れた。其の上、工場医は政治家、市民、漁民からの誤解や非難などをあびせられたこともしばしばであった。
 この様に工場医としての小生は甚だ弱い立場にあり全く孤独な立場にあった。
 しかし悲惨な患者を見るにつけ、小生の信念は次第に強くなり、ついに出来るだけの研究を続けることを決心した。
 幸いにして工場長との再三再四の話合いにより諒解を得たので止めることを決意した。然し前述のように工場長との話合いだけでは問題の充分な諒解とは思えないのでいつも辞表をふところにして内を出た。
(今後の企業のあり方)
 医師は新薬剤を用いる時、その作用を十分知った上、それ以上に副作用のことを考える。これを考えない医師は医師ではない。企業は生産する時、必ず生命に対する影響(公害)を考える。
 今後の経営者は生産あれば公害ありということを身につけることを必要とする。人命は生産より優先するということを企業全体に要望する」(細川「晩年のメモ」)

2008/6/6 金曜日

「水俣への旅」報告②~猫と水俣病

カテゴリー: 活動日記

    18日からはじまる6月県議会に向けて、4日午後議案説明が行われた。対象は21の議案(15の条例案、その他6)と17の報告である。

4時間かかった議案説明の前に、少年審判無罪の男性の母親が警察に謝罪を訴えた記者会見に、小宮清子、大野博美、吉川ひろしの3県議、山本友子前県議とともに同席する。昨年の2月議会でネットも取り上げた事件だ。日弁連は5月27日、「県警は虚偽の内容と捜査情報に基づき逮捕した」として、男性への謝罪や再発防止策の公開を求めて県警に警告書を提出した。(毎日新聞、5日朝刊)

5日午後、大野県議とともに県警からヒアリングし、関係資料の提供を求める。県警の担当者は「捜査に違法性があったとは考えていない」「謝罪することも考えていない」と答えた。

●「水俣への旅」報告②~猫と水俣病

 年表によれば、1932年5月7日、日窒水俣工場、アセトアルデヒド製造を開始、有機水銀を含む排水を水俣湾百間港に流し始めるとある。そして1956年5月1日、新日窒付属病院から水俣保健所に原因不明の脳症状患者4名発生と報告された。これが水俣病発生の公式確認となっている。

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1956年5月1日、水俣病発生公式確認となる患者を出し、当時の面影の残る坪段。

 水俣への旅の最終日6月1日の午前10時から1時間少々、公式確認の患者となった幼女(3歳、5歳)をはじめ初期に水俣病が多発した坪段から湯堂を散策した。幼女は56年4月に発症、食事の時にごはんをポロポロこぼし、体がいたいと泣いたという。5歳の幼女が最後に発したのは「くつがはけない」という言葉で、その3年後になくなった。坪段の浜は唯一、当時の面影を留めているところだそうで、幼女もこの浜におりてきて貝を食べていた。

 その坪段の浜で猫に出会った。当時、猫の狂い死にが異変の兆候で、水俣病の原因究明のため水俣湾でとれた貝や魚を与える「ネコ実験」が行われた。チッソが出す工場排水を与えられた猫は「猫400号」と言われ、実験開始77日後の59年10月6日に発症した。
水俣病センター相思社には犠牲になった猫を弔う「猫の墓」があり、実験に使われた猫が飼育されたと思われる飼育小屋も展示されている。

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水俣病センター相思社の「猫の墓」と「猫の飼育小屋」

 
(参考)メチル水銀と神経細胞の破壊
 
 (食物連鎖を経て)「人の口に入ったメチル水銀は、腸管から吸収され血流に乗って全身をめぐり、次第に脳の神経細胞の、中でも大脳皮質にあって感覚情報の処理に関わる顆粒細胞を破壊する。

 この種の神経細胞は下等動物には存在せず、高等動物ほど多くなる。そのせいか魚はピンピンしていても、それを食べた人間は発病した。

 そして、神経細胞は再生しない。人は誰でも持って生まれた神経細胞によって生きているだけなのだ。水俣病が治らない由縁である。長年の血のにじむようなリハビリによって代替機能が発達したり、症状が安定することがあっても、一度脳内に入ったメチル水銀はほとんど排出されず、さらに老化は症状を重篤にする。

 わずか耳かき一杯で人を不治の病に落とし入れるこの毒物を、1932年から68年までの36年間にわたってチッソが流したその総量は、2億人を殺してもなお余りある量だった」
(「僕が写した愛しい水俣」塩田武史、岩波書店、08年2月、50頁)

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