18日午後1時から30億円不正経理問題で県議会の全員協議会が開催された。
県は「職員個人の意識」「納品伝票がなかった」を原因として「7億円返還」で幕を引きたいように見える。組織的不正行為と自ら断定しながら、自分たちの責任が問われることを恐れて、「不正行為の指揮命令系統」には口をつぐんでいる。
今回の協議会でメインの答弁者は総務部長だったが、そもそも総務部は財政、人事の両面で「裏金づくり」を県庁組織の先頭に立って容認してきた疑いがある。
今度こそ、約40年前から行われてきたという「裏金づくり」の道義的責任・損害賠償(時効は20年)を問い、国民への返還、指揮命令系統の明確化が不可欠である。
そのためにも県民は7億円ではなく、「30億円」返還を要求すべきだ。
私たちの会派は、小宮県議が16項目の質問で、
①森田知事に県土整備・農林水産の通帳情報の開示を求め、
②今までの経歴から県庁の「裏金づくり」をもっとも熟知している立場にあったと思われる石渡副知事に裏金作りの実態と責任を問い、
③監査委員に不正を見抜けなかった理由と今後の機能強化策
を質した。
森田知事は堂本前知事から本事件について4月6日に引継ぎを受けていたこと、H14年度以前から不正があったと思われると答えたが、議会への通帳情報の開示を求める質問には答えず、代わりに総務部長が、「2つの通帳は意思形成過程の情報であり、人事情報も含まれており開示しない」「すでに開示した他の通帳はたいした情報が入っておらず開示しても支障はない」と答弁した。事前折衝では「会計検査院の指示」を理由としていたが、我々の追求でそれが通用しないことがわかり急遽別の理由を挙げたことになる。こういうのを「嘘つき」というのだ。
情報開示は知事の指示一つで決まる。「毅然として対処していく。生まれ変わったつもりで県民から信頼される県庁を一丸となって作っていかなくてはならない」という宣言は表向きで、結局、森田知事は不正行為を行ってきた官僚の手のひらで踊るだけの存在であることが示された。
石渡副知事は、不正経理問題は「今回の調査ではじめて知った」とし、過去の「県・県接待」の横行については「まったく知らなかったとまでは言い切れない」と答え、「県・県接待」があった事実は認めた。
全員協議会終了後、会派で森田知事あて「通帳情報の不開示問題で抗議文」を提出し、記者会見を開いた。
● 県庁OBが語る裏金づくりと庁内の指揮命令系統の実態(要旨)
「70年代から97年頃まで県庁で公費の乱用・私物化が横行していた。官官接待、カラ出張についてオンブズマン組織の目が厳しくなり、97年以降は部の飲み会に公費支出やカラ出張の横行は改められた。一番ヒドかったのはバブルの頃だ。毎晩のように公金を使い飲み歩く幹部らがいた」
「今回の事件は、外部業者から情報を出させたことで、不正行為が表に出た。内部職員のヒアリングだけではそうした事実は出る筈がない。第三者による監査と外部業者からの情報が不可欠だ」
「裏金づくりは、課の庶務係と副課長(課長補佐)の役割で、課長は裏金を使う立場にある。裏金づくりの一つの手法は、カラ出張で、私もじっさいには出張しないのに、課内の職員が何回も出張したように書類を作っていた。この金は幹部の飲み食い費などにあてられた。」
「 消耗品費や印刷製本費、食糧費なども幹部の飲み食いや官官接待、「県県接待」(県庁内部の接待)として「流用」されており、伝票などの偽造が日常的におこなわれていた。コピー用紙などの消耗品を購入したように書類をつくり、実際は飲み食い費につかったり、ビール券やパソコンなどを購入する。あるいは、刊行物発行の名目で印刷製本費の予算を確保しておき、実際には刊行物は発行せず、裏金に回すなどということが、ほとんどの課で行われていた。」
「 時間外手当のピンハネもひどいものがあった。この点については、「県職員の会」が投書の中で、職員が残業しても時間外手当が十分に支払われず、この未払い分が幹部の飲み食いなどに使われていることを訴えていた。」
「県費を「流用」し、幹部の飲み食いにあてるという点で見逃せないのは、「馴染みの店」(料亭、スナック)の存在である。ほとんどの課がこれをもっており、そこで飲み食いした代金をツケにして、課に請求書を送らせる。課の庶務主任は、上司の指示を受け、裏金
を捻出してこの店に支払う。幹部が連日のように「馴染みの店」に入り浸り、そのツケをすべて公費で支払っている課もあった」
「ところで、本来は、監査委員がこうしたことを厳しくチェックしなければならないのだが、よく知られているように、監査委員は知事の任命であり、県職員OBなどで構成されているので、チェックする気はさらさらない。」
「また、監査委員の監査を手助けする監査委員事務局の職員も一般の県職員であり、2、3年後には監査される立場に回るため、不正「流用」などが分かっていても、見てみぬふりをしていた。」